私の見た東ティモール

 

人々と共に生きる「トイレプロジェクトを通して」

 

 私は、プライマリーヘルスケアーなど保健衛生教育を東ティモールのロスパロスという地域において行い、村の保健ボランティアを育成するプロジェクトを手がけています。プロジェクトを通して、私はいつも「人々と共に生きる」ということを切に願ってやってまいりました。時には文化や言葉の違いなどで難しいこともありましたし、今までの自分の経験や考え方ではまったく通用しないことも何度もありました。

 

 そうした中、3年前から村におけるトイレ普及プロジェクトの構想を練り始めました。トイレの材料を村の人たちに支援するにも、予算的にどうしても数に限界がありましたし、他のNGOもそうした試みをしてきましたが、実は、たくさんの人たちが1年未満でその援助されたトイレを使用しなくなっていました(写真1)。

 調査をしてみると、「トイレのための水汲みにいくのが大変」、「壊れても自分でなおせない」、「今までどおり外で排便をしても犬や豚が食べてくれるから問題ない」、などさまざまな理由が挙げられました。
そうした調査結果を前にして、私は「私たちはいったいなにをしたらいいのだろうか」、と真剣に悩んでしまいました。


 
(写真1)「使われなくなってしまったトイレの残骸」

 

 そんなとき「Community Led Total Sanitation(CLTS)(住民主導による総合的な公衆衛生)」というインドネシアやバングラデシュで成功を収めている方法論に出会いました。それは、従来の開発援助とは違い「教えない」「与えない」「押し付けない」といった三原則を前提としているのです。私たちが今までやってきたことと正反対の法則を全て兼ね備えているのです。
 「本当に村の人たちが自分達の力でトイレを建設するのだろうか」、という疑問は、このCLTSプロジェクトに取り掛かるに先立って、さまざまな観点から徹底的に議論されました。
 そもそもトイレとはと、トイレの定義などを考えたり、東ティモール政府の保健省も全国的に調査をしたり、専門家の意見などを取りいれたりしました。

 

 私たちは自然にトイレを使用していますが、忘れてはならないことは、「個人のトイレとはオーナーシップ性である」、ということです。ですので、誰かから強制されて所有するものではありませんし、自分のものであればなおさら大切にしたくなります。援助されたトイレはセメントで固め、立派なトイレです。しかし、壊れても自分でなおすことができませんし、トイレの重要性、衛生とトイレの関係性などを自らが納得していない限り、すぐに詰まってしまったり、今までの習慣を変えようとすることは容易ではありません。
 そこでこのCLTSプロジェクトでは、私たちが村に関わるときに始めにこう言います。「私たちはこの村の衛生について勉強をしにきました。セメントやパイプなどの材料やお金などは一切援助をすることはありませんが、皆さんからたくさんのことを教えてもらい、そして一緒に考えていきたいと思っています」。

 

 最初は村の人たちも戸惑っていましたが、「トリガリング(引き金を引く)」という半日だけの、村中の人たちを集めての集会を開催します。まず、村の集会所でチョークの粉を使って地面に大きな地図を住民といっしょになって作ります。そして、川や水辺は水色の粉、道は白色の粉、各住民の家は小さな紙に名前を書いてもらいその地図においていきます。みんな地元の人たちなので、だれがどこの家なのか大はしゃぎしながら並べていきました。教会や学校、集会所など公共施設なども紙に書いたものをおき、400人くらいの子供も老人も女性も男性もいっしょになって大きな地図をつくりあげました(写真2)。

 

写真2「住民が地図を作っている様子。一軒、一軒名前を書いていきます。」

 

 そして、私たちAFMETのスタッフであるファシリテーターが黄色の粉を持ってきて近くの男性に「お父さん、お父さんはどこで排便をしますか?」と聞きます。彼は恥ずかしそうに、「そこだよ!」と彼の家の前を指さしました。そして、その場所に黄色の粉を置きはじめました(写真3)。

 

写真3「排便場所に黄色の粉を置いていってもらいました。」

 

  みんなは笑いながら指を指したりしていましたが、次々とどこで排便をしますか?という質問に同じように黄色の粉を地図の上にまいていってもらいました。女性も男性も、子供も老人も、みんながわいわい言いながら黄色の粉を置いていくと、みるみるうちに地図は真黄色になっていきました。

 

 ファシリテーターはそこで「みなさん、自分の村をよく見てください。こんなに毎日の排便で汚れているんですよ」と。村の人たちは「んー」とうなずいていました。そこでファシリテーターはこういいます。「たとえば一人の人が500グラムの排便をするとします。そして、この村に集まった人たちだけでも400人です。200キロの排便が村に転がっていることになりますが、それが一年間たったらどうなるんでしょうか?」と排便の量を数えて大きな紙に書き始めました。(写真4)

 村の人たちはそれを見て「トイレが必要だな」という声が出始めました。

 

 
写真4「村の中にある排便の量を計算しています。」

 

 それから極め付けにファシリテーターはミネラル水が入ったコップを持ってきて、「どなたかこの水を飲める人はいますか?」といいます。そして、誰かにまず飲んでもらい、なにも問題はない、ということを確かめてもらいます。
 袋に入れて持ってきた小さな便をすくい、そのコップの中にいれました。すると、水は当然のごとく茶色ににごりました。それをまた村の人たちに問いかけました。「これを飲める人はいますか?」村の人たちは「やだー。」と声をそろえていいました。それからファシリテーターは自分の髪の毛を一本抜いてそれを便につけてコップの中に入れました。水の色はそれほど変わりませんでしたが、飲みたい、という人は一人もいませんでした。

 「どうしてですか?」と聞くと村の人たちは口々に「汚いから、便を食べているのと一緒だよ。」といっていました(写真5)。


 
写真5「ミネラルウォターを使って排便の影響と飲料水の関係を見せました」

 

 ファシリテーターは「そうです、みなさん、今日はこの村の衛生がどうなっているのかよくわかりましたよね。この地図をみてください。川にまで黄色の粉がかぶさっているじゃないですか。この水を汲んでいるんでしょ。さあ、どうしますか?」と聞き返しました。すると参加した人たちは「トイレが必要だ。今すぐにでもトイレを作りたい」といい始めました。妊娠している女性は「お父さん、私のためにトイレ作ってよ」とお願いをしたり、子供たちのためにもみんながトイレを使おう、と村のリーダーが中心となって声をかけ始めました。

 

 しかし、そこでそのリーダーが私たちNGOに質問をしてきました。「私たちはトイレが必要だということを実感しました。でも、お金がなくてトイレを作ることができません。どうかセメントやパイプを援助してくれませんか?」。

 そこでファシリテーターは言いました。「今日、私たちはトイレの必要性をみなさんといっしょになって考えるために来ました。始めからお話をしているように私たちはトイレの材料を一切援助することはありません。もし、あなた達が援助がないからトイレをつくらない、とおっしゃっても私たちはそれで結構です。ティモール政府の保健省に、この村は「排便村でも平気です」、と住民が言っていましたと報告をするだけです。・・・どうか、穴を埋めるだけでもいいですから自分で作ってみてはどうですか」
それから潔く私たちはその場を立ち去りました。

 

 1週間後、その村のモニタリングに行きました。すると、すでに40軒あまりの人たちがトイレを作るための大きな穴を掘っているのです!そして、村のリーダーを含む衛生ボランティアたちが各家のトイレ作りをみんなで手伝っているのです(写真6)。

 


写真6「女性一人でも早速大きな穴を掘りました。」

 

 まさしくこれは「トリガリング(引き金を引く)」を見たようでした。

 こうして、村のリーダーやボランティアたちが、衛生について専門的に勉強したり、住民を励ましたりして、自分達の手でトイレ作りをし始めました。

 

 その結果、6ヵ月後にふたを開けてみると、147軒ある村にはこれまでたった3,4軒しかトイレがなかったのですが、なんと、74軒まで自分達の手でトイレを建設し、使用している、ということになったのです。(写真7)

 そして、現在でも住民の100%がトイレを使用しており、村の衛生をよくしていこうとがんばっています。

 

写真7「住民が協力して作り上げたトイレ」

 

 このプログラムで私が学んだことは、基本的なことですが、村の人たちには「協力する」、「みんなで作り上げる」、という力があるということです。

 そして、彼らの知恵ややり方を私たちが一緒に考えたり尊重することの大切さです。

 そうした中、村の人たちは自らが主体となって、自分たちの村おこしを確実に実行し始めています。
 

 「村の人たちを信じる」

 ここから始まる活動こそが「人々と共に生きる」ことなのではないか、と感じている今日この頃です。


 

佐藤(AFMET)

 

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