館員の見た東ティモール

 

東ティモールにおける政務的生活(その5)

 

【早起きの恩恵】

 

 午前5時30分――。彼は毎朝自分の体内時計で目を覚まします。
まだ夜が明けきっていない、肌寒い朝霧に包まれたディリの朝。彼は毎朝黙々と足早に海岸通りを往来します。思えばこれを始めてもう1年以上になります。

 

2007年11月のある日のこと。当館のS医務官は、健康診断の結果を見ながら慎重に言葉を選んでこう言いました。「脂肪肝です。日常生活に注意する必要がありますと診断書に書いてありますが、血液検査の結果は明らかに病気であることを示唆しています。あなたが励行している一週間に一度の休肝日などと悠長なことは言っておられません。アルコールの摂取はせいぜい週に一度きりにしてください。食事も出来るだけ控え、そして一番大切なことは、毎日一生続けてやれる運動を今から始めることです。そうしなければ、あなたは間違いなく肝硬変になるでしょう。あなた自身の人生ですよ。」死の宣告とも言えるその一言を聞いた彼は思案に暮れました。「一生続けて出来る運動とは何だろう?」

 

 午前5時50分――。まだ夜が明けきっていない、肌寒い朝霧に包まれたディリの朝。毎朝黙々と足早に海岸通りを往来する彼の耳のiPodのイヤフォンから流れてくる調べは日本の演歌「津軽海峡冬景色」です。本来は東北の厳寒の荒波が背景であるべきでしょうが、この曲は彼の目の前の静寂な風景と交差して絶妙な雰囲気をかもしています。歩きながら彼は、頭の中で今日の仕事の段取りに余念がありません。こうして、いつしか好きな音楽を聴きながらの早朝のウォーキングが彼の日課になっていたのです。

 

 彼は宿舎を出るとプルタミナのコンビナートに向けて歩いていきます。東ティモールの人々は笑顔で「Diak ka Lae?(お元気ですか)。」と話しかけてきます。コンビナートの前で折り返して、今度は灯台まで進みます。また、引き返して宿舎に戻ると丁度1時間が経過します。朝やけの海岸沿いの美しい風景に思わず見とれてしまうこともあります。彼はこれを「早起きの恩恵」と呼んでいます。

 

 

 

 

 午前6時00分――。ある日、彼は政府庁舎の前をやり過ごし、そこから10km先のクリスト・レイに向かっていました。半島の先端の山頂に西北に向かって両手を広げたキリスト像があります。インドネシア時代に建造されたキリスト像はゴルゴダの丘ならぬ750段余りの階段を登って初めてその足元に到達することが出来ます。その麓までの到達時間は政府庁舎から約1時間半。山頂まで約15分。降りて来て約5分。ディリに引き返して約1時間半。合計3時間20分の道のりです。ある週末、彼はその行程を約4時間かけて踏破しました。ついには山頂での休息時間を漸次少なくしていき、毎週末、彼は最短時間を更新し続け、遂に3時間半の記録を達成するに至りました。

 

 

 

 半年後に受けた健康診断の結果について、S医務官曰く、「検査項目すべてが正常値です。ここまで医師の忠告を励行した館員はあなたが初めてです。まさかここまでやれるとは……。」

 ある日の午前5時30分――。彼は体内時計で目を覚まし……。(続く)

 

(大橋)

 

 

 

 

 

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