館員の見た東ティモール

 

東ティモールにおける政務的生活(その2)

 

 【嘆願兵によるストライキ】

 

 2006年4月24日。快晴。2月頃に国軍を離脱した嘆願兵が国軍内の差別撤廃を呼びかけるため大統領府に結集しているとの情報に接し現場に駆け付けてみると、既に数百名位の群衆がたむろして、グスマン大統領(当時)と嘆願兵の代表者との会見を遠巻きに見守っているところでした。群衆の中には軍服姿も見受けられます。ディリのコルメラ通りの商店街は殆どが閉店して閑散としていました。これら商店は治安に極めてセンシティブに反応し、危ないと察知すればすぐにでも店を閉めます。店を開けていたとしても、何かあればすぐに閉店できるように店のシャッターを半開きにしていました。だから、この地域の商店街の様子を見るとその時のディリの治安状況がわかるとさえ言われていました。

 

 4月26日。快晴。嘆願兵等はディリの街を練り歩き、政府庁舎前に陣取って垂れ幕をかざし、シュプレヒ・コールを唱えるなどの示威行動を行っていました。嘆願兵の陣の前には国家警察(PNTL)の警察官数名が笑顔で警備の任に就いていました。陣の中へ入って様子を伺っていると、一人の若者が近寄ってきて、中心者に会わせてくれると言います。その後、私の前に現れたその人物は小柄ながらも芯の強そうな印象を与えますが、話してみると落ち着いた穏和な感じの好人物でした。あくまでも平和裡に行動し、大統領及び首相に国軍における西部出身者に対する差別待遇の改善を要請した旨述べていました。ちょうどお昼時で、小型トラックに人が群がっていたので尋ねると、自前でストライキ参加者に食事を分けていたのだそうです。しかも、毎日三食とも。この人物こそ、昨2008年2月11日にレイナド少佐が引き起こした大統領・首相襲撃事件に関与し、やがて投降するに至ったサルシーニャ元中尉だったのです。

 

 ストライキ最終日の28日午後に携帯電話が一切通じなくなりました。東ティモール外務省への連絡も出来なくなりました。政府庁舎の近くで執務しておられた在留邦人の方が難を逃れて大使館で非難させてほしいと救助を求めて来られました。話を伺うにつれ、私たちは、その時ディリで騒擾事件が発生し、治安が急激に悪化したことを知りました。当時の治安状況は、実際にこの目で街の様子を確認しなければ判りませんでした。(続く)

 

(大橋)

 

 

国軍内での差別撤廃を求める垂れ幕

政府庁舎前で

 

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