東ティモール人に日本語を教えてみて
当館の現地職員の何人かが日本語に興味を持っていたので,始業前に少しずつ教え始めてから既に約9か月になります。日本語の決まり文句を覚えて楽しそうに使っている人,日本語の述語の活用に面白さを感じている人,平仮名や漢字そのものに魅力を感じている人と様々ですが,それぞれの興味に従って日本語を少しずつ勉強していってもらえれば良いと思っています。
9か月も教えていると,ティモール人が日本語で難しく感じる点や癖などが色々と分かってきました。今後,東ティモールで日本語を教える機会がある方々を思い描きながら,気づきの点を紹介したいと思います。
1.「し」を「si(スィ)」と発音してしまいがち
東ティモールで使われているテトゥン語,インドネシア語,ポルトガル語には,日本語の「し」に相当する音が少なく,発音には苦労しているようです。
当地で大ヒットした五輪真弓の「心の友」という歌には,「私を呼んで…」というサビがあります。とてもうまく歌っているのに,「わたし」の発音がどうしても「ワタスィ」になってしまう人を見かけます。
市販されている日本語の教科書には,「し」はヘボン式ローマ字を使って「shi」と書いてあるのですが,ティモール人はこれをうまく発音出来ません。
ところが,インドネシア語の中にアラビア語系のsyair (詩人), syalot (ムスリム), syukur (感謝)や英語のsyok (ショック)がありますので,これらの単語を使いながら「シ」を「sy-」で表記してみると,正確な発音が出来るようになります。
2.「つ」の発音が困難
「つ」を発音できない国の人々は,何もティモール人に限ったことではなく,例えばインド亜大陸の人々もかなり苦労します。インドやパキスタンでは「津波」がうまく発音出来ないため,新聞等では初めから「スナミ」と表記してあります。
「つ」は,「熱い」や「靴」といった基本語彙にも容赦なく出てきますから,私と生徒との間で極めて不毛な発音練習が続くことになります。
私: 靴。
生徒: くすーぅ。
私: 熱い。
生徒: あちゅ…い。
まあ,何度か繰り返していると,とりあえず許容範囲の「つ」の発音が出てきますが,なかなか定着しないので,その後何回も復習をすることになります。
3.「フ」の発音は意外にも大丈夫
日本語の「ふ」が発音出来ない,どんなに頑張っても怪しい発音しか出来ない国の人々もよくみかけますが,ティモール人は「hu」と書いて教えれば,「ふ」を発音できます。
一般に,日本語の教科書や会話集では,「ふ」のローマ字表記を,何の疑問もなしにヘボン式ローマ字を使って「fu」と書いてあります。一旦,学習者が「ふ」を「fu」と覚えてしまうと,教室中に摩擦音の「f」が響き渡ることになります。
ヘボン式ローマ字は,江戸時代に来日したヘボン医師が,アメリカ人としての耳を介して作ったもので,日本語の表記法としては無理が出ているところがあります。日本語の学習では,そもそも日本語には「f」の音は無いとしっかり教えるべきだと思います。日本の多くの印刷物では,Mt. Fuji,Gifu県,ofuroなどと書かれていますが,外国人がそれを発音しているのを聞くと,それはやはり違うだろうと感じます。
4.「です」と「desu」
ローマ字の話をもう一つ。日本語の教科書では「~です。」を教えるために,「~desu」というローマ字読みをあてています。日本人の我々にとっては,これはこれで違和感はないのですが,実際には「des」に近い発音をしています。
同じような例は,「息子」(musuko)や「分かりました。」(wakari mashita)にも見られ,それぞれ実際には,「musko」,「wakari mashta」に近い発音をしています。
言語学では,「単語末や無声子音の間に挟まれた「イ」や「ウ」といった狭母音は,無声化が起こる」と説明します。これらの語彙については,初めから潔く「des」,「musko」,「mashta」と教えた方が,学習者にとっても楽に感じるようです。
5.「L」と「R」と「ラリルレロ」
日本語学習者にとって,「L」と「R」の音が「ラリルレロ」に集約されてしまうのは,かなり違和感があるようです。例えば,ディリの南にある「Laulara」という町が,日本語では「ラウララ」となってしまうとか,「Amaral」という名前が「アマラル」になってしまうと教えると,教わる方はなんとなく困った顔をしています。基本語彙の「ホテル」,「レストラン」,「ディリ」などでも「L」と「R」が入り乱れているので,教わる方はさらに憂鬱な顔になります。日本人は「L」と「R」の音を似ていると感じますが,ティモール人にとっては全く別の音なのです。
これは日本人の側にも若干の問題を提起していて,例えば,我々も東ティモールの固有名詞を「ディリ」,「グレノ」,「エルメラ」,「ベニラレ」などとカタカナで覚えてしまうと,実際に話す時に「L」の発音をすべきか,「R」の発音をすべきかで迷うことになります。
6.膠着語(こうちゃくご)の壁
日本語は,単語に助詞や連体詞をくっつけて,単語を繋いでいきます。名詞に「てにをは」という助詞を付けて文章を作っていくのは,良い例です。また,中学校で習った「未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形」という活用形も同じ例です。このように成り立っている言語は「膠着語」と呼ばれます。例をあげましょう。
昨日,私はバウカウに行って,きれいなタイスを買った。
この文章の下線部は日本人である私たちには当然の使い方ですが,ティモール人にとっては大問題,その感覚が分からないようです。テトゥン語,インドネシア語,ポルトガル語には「単語に助詞や連体詞をくっつけて…」という発想がないので,日本語の学習が進むにつれて,一様に混乱します。これはもう例文を沢山覚えて,その感覚に馴染んでもらうしかありません。
多分,「膠着語の壁」を乗り越えれば,ティモール人はもっと日本語が話せるようになると思います。言葉の勉強はコツコツとやるしかありません。彼らが日本語に親しみを感じ,楽しみながら少しずつ進んでいってくれるように願っています。
(安部)
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